見出し画像

「失敗しても許されたい」。61歳の松尾スズキが願い描く、己の生き様とこれからの社会

100歳を超えて生きる。そんな暮らしが当たり前になるこれからの時代。残りの人生、何をしたいか。自分にとっての幸せとは何か。100歳まで生きた自分に向けた「手紙」を、福岡ゆかりの方々に、綴ってもらいました。どんな想いが込められたのか、真意を探ります。


◆#100レター vol.2 松尾スズキさん

◆なんだかんだで、働きたいのかも。

——今回、100歳のご自分にお手紙を書いていただきました。現在61歳の松尾さん、39年後のご自分は想像できましたか?

そうですね、意外と。うちはそうでもないんだけど、奥さんのとこはけっこう長生き家系なんです。去年亡くなった奥さんのおばあちゃんも99歳だったから、「100歳ってこういう感じか」と。

あと、前住んでたマンションのとなりのとなりの部屋の方が105歳だったんですよ。ハキハキされてるし、コンビニに行っては話し込んでて。

——コンビニで(笑)。

そう。ともかく、100歳というのは遠いようで、ぼくにとって割とリアルです。

——お手紙の中の、「死にたくない」という言葉が印象的でした。

昨年、家を買ったのも大きいかな。新築の家だからなるべく長く住みたいし、80歳まで……となるとソンした気がするじゃないですか。「100歳まで生きたい!」って熱望してるわけじゃないけど、長生きはしたい。

ただ、それもやっぱり健康寿命が大切ですね。ぼくは酒基準で生きてるんで、お酒が飲めなくなるのはイヤ。だから、どれだけ飲み続けられるかを見極めつつ微調整していこうと思ってます。奥さんのおばあちゃんも亡くなる直前までピンピン元気で、98歳までビール飲んでましたよ。「仕事しないで酒は飲めて、最高じゃん!」って。

——理想的です。奥さまとは20歳の年の差がありますが、100歳と80歳、どんなご夫婦でいたいですか?

どんな夫婦……むずかしい質問だなあ。でも、いまふつうに仲がいいんで、この感じが続けばいいなと思います。昨日もふたり、思いつきで湯河原に行ったんですけど、そういうふうに遊べる関係でいられればなと。

——おふたりで遊び尽くしたい、と。

まあ、そうするためには資金が必要という現実があるわけですが(笑)。

——結婚されて10年になりますが、関係性に変化はありましたか?

うーん。ぼく、ふだん手紙を書く習慣はないんですけど、結婚記念日だけは手紙を渡すようにしてるんです。そこでその1年間のことを思い起こすんですが、年々関係はよくなってると思いますね。毎年「いやだ」ってことをお互い消していって、それを積み重ねたら、「いやだ」が減ってきたという。

——それは、夫婦円満の秘訣ですね。

どうなんでしょう。消したそばから新しい「いやだ」が生まれたり、それをせっせと消していったり、です。

◆100歳まで生きるのに、ふさわしい国に

——お仕事は何歳まで続けたいですか?

去年、60歳の1年間はしっかり休もうと思って予定を入れずにいたんです。が、なんだかんだ気づくと企画を書いていましたね。「働きたい」って気持ちがある以上、働くみたいです。

それに、コロナ禍で絵を描き始めて去年は初の個展を開いてみたら、思いのほか楽しくて。「これはいくつになってもできるな」と、新しい家には絵を描く部屋も作りました。この費用をどこかで回収しないと、ただの道楽になっちゃうなという思いもあり。まあ、それでもいいのかもしれないけど。

——では、100歳になった自分に訊いてみたいことはありますか?

そうだなあ……日本がどんな国になってるか聞きたいです。100歳まで生きるにふさわしくない国になってたらイヤだなと。

——なにか危機感があるのでしょうか。

いま、お互いがお互いを監視するような社会になってきているでしょう。過去の作品や発言も蒸し返されたりして。このまま他人を糾弾し続けたら、結果的にみんながしんどい社会になるだろうなと思います。

あと、日本人の想像力が失われてきているのも不安のひとつです。芸術を扱ってるからダイレクトに感じるのが、この国は芸術を無視する仕組みになっているということ。

——芸術を無視する仕組み

そう。目に見えるものにしか対価を払わないんですよ。「想像すること」にもっとお金を出してほしい、というのがぼくの願いです。

——「100歳の自分に訊きたいこと」が自分の人生についてではないのは意外でした。

生きれば生きるほど目線が上がってきて、社会に目が向くようになるんですよ。この仕事を始めたころは政治なんてまったく興味なかったし、そもそも自分はアウトローで社会は「外側」にあるものだと思ってたんだけど。最近は自分が受けたものを還元しなきゃという思いもあって、若い人に演劇を教えたりしています。

まあ、そんな活動をしながらも日本の演劇が衰退してきているのはひしひしと感じていて……ぼくが100歳になるころにはどうなってるんだろうなあ。だから「想像力に対して豊かな国になってますか?」と問いたいですね。

——どんな返事が返ってきそうですか?

いい返事が返ってくるように今のぼくらががんばらないと、なんだと思います。

◆軽薄に横展開していく

——生き方に影響を受けた方はいらっしゃいますか。

ぼくが大学のころは横尾(忠則)さん、糸井(重里)さんがスターで、あの生き様は憧れましたね。とにかくボーダーレスなんですよ。おもしろそうだと思ったら、横にすっと移動する。ぼくも、目についた興味をそそられるものにぱっと飛びつく軽薄さがあるんですけど。

——軽薄さ(笑)。

肩書きがいっぱいある、みたいなね。それは、そういう素敵な先輩方の背中を見てきたからです。もちろん職人みたいにひとつを研ぎ澄ませる生き方もあるし、ぼくはそうしなかったから均等に伸び悩んでるかもしれないけど、みんな重々しく考えずにもっと軽薄でいいのにって思いますね。

——松尾さんは「人生是途中也」という言葉をよく使われます。横に飛びつつ、いろいろなことに挑戦してみるからこそ常に「途中」なのかもしれませんね。

途中だから新しいものに出会える、というのはあるでしょうね。ぼく、完成したら終わりだって思うんです。もし松尾スズキの演劇というものが完成されていたら、還暦で絵を描き始めようなんて思わなかったと思う。「まだ新しいことができる」なんて思わず、その「完成した演劇」をずっとなぞってたんじゃないかな。

——では、100歳まで「途中」を続ける生き方をされる?

いや、それを決めると「途中」じゃなくなっちゃいますから。「こうあらねば」って窮屈ですよね。急に「残りの人生これを極める!」って言い出すかも、くらいがちょうどいいんです。自由に楽しくいることが大切なので。

ただ、だんだん歳を重ねてきて、これからは人に助けてもらう前提で生きていくんだなと感じます。だから失敗しても許されて、手を差し伸べてもらえるような……ひょうきんな人間でいようと(笑)。

——ひょうきん。松尾さん、若い頃は「怖い」「尖っている」と言われていたそうですが。

まあ、あれは役割でもあったんですけどね。「大人計画」という劇団のイメージをひとりで担ってたからメディアでは無理してそういう態度を取っていたんだけど、とにかくもうカッコつけたくないんです。できないことを、思いきり晒して生きていこうと思います。

<Profile>
作家/演出家/俳優
松尾スズキ(61)
福岡県出身、九州産業大学卒業。大人計画主宰。俳優として『ちかえもん』『いだてん』などに出演。映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。2019年上演、作・演出・出演の舞台『命、ギガ長ス』で読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!